アカーサ〜僕たちの家〜
広大な自然と野生生物であふれるバカレシュティ湖。都市の中心にありながら人間に忘れられたその場所で、エナカ一家はひっそりと暮らしていた。そんなある日、湖の自然公園化が決まり、家族は街で普通の暮らしをするように強いられる。
『アカーサ〜僕たちの家〜』ストーリー
にぎやかな大都市に隣接するバカレシュティ湖。その手つかずの自然の中で暮らすエナケ一家。20年来、彼らは湖畔の小屋で眠り、素手で魚を捕り、季節を肌で感じながら自然と完全に調和して暮らしていた。ある時、この地域を国立公園にするという行政の介入があり、一家は型破りな生活を捨てて街へ移住することを余儀なくされる。彼らの生活は一変し、釣り竿をスマートフォンに持ち替え、気ままに過ごしていた日中は学校へ通うことになる。
一家は現代文明に順応しようとするが、都会の人々との折り合いや家族の繋がりを維持するのに苦労するようになり、自分の立ち位置と取り巻く世界、そして将来について疑問を持ち始める。自然の中で自由に暮らしていた9人の子ども達とその両親は、果たしてコンクリートジャングルの中で以前のように家族の絆を育めるのだろうか。
この『アカーサ〜僕たちの家〜』が監督デビュー作となるラドゥ・チュロニチュックは、エナケ一家に寄り添いつつも映画的な視点で説得力のある物語を提示している。ルーマニア社会の末端に生きる貧しい家族が、都会の暮らしに居場所を見い出そうとする葛藤を描き、生きる自由の意味を問う。
監督ラドゥ・チュロニチュックが語る
然との調和と自然のまま生きることの難しさ。エナケ一家のライフスタイルが、この家族の関係性をつないでいた。家族の絆は、愛だけではなく、“生きる”という意志の力で結ばれたものだった。家族は常に行動を共にしながら過酷な環境のなかで生き延びてきた。湖畔の家で暮らす彼らを様々な危機が取り巻き、身を守るには家族が一緒でなければならなかった。
社会参加の構造を考えてみると、社会は個人の自立に基本的価値を置いていることが分かる。一家は都市に移り住むとすぐに、ここで快適な生活を送るには個人が自立するしかないことを知る。行動を共にし一緒に働くことは、特に年若い子供たちにとって、もはや選択肢にあがらない。子供たちは、両親よりも新しい現実を受け入れて、社会の構造に自ら組み込まれていく。
この『アカーサ〜僕たちの家〜』では、エナケ一家の生き様を描きながら、現代人の最大のジレンマについて探求している。文明社会の利便性を捨てて、過酷だが自由な自然の暮らしに戻るか? それとも、快適さと引き換えにプレッシャーを背負いつつ、便利な生活を手に入れるチャンスが転がっている文明社会の一員となるか? 果たして、どちらが幸せなのだろう。
視覚的アプローチ
この映画『アカーサ〜僕たちの家〜』の撮影で最も重要視したのは、エナケ一家との信頼関係を築くことだった。3年間かけて、私はこの家族と親しくなっていった。映画の中で家族の一員であるという感覚を持つために、この期間は不可欠だった。私を通して、観客にも彼らの旅の始まりに同行する目撃者となる体験をして欲しいと思った。そして、家族を単に社会的弱者と見るのではなく、人生の困難な岐路に立った同じ人間として見守って欲しいと考えた。
彼らに寄り添い、家族のような視点で撮影する方法として、カメラは常に登場人物の目線に合わせた。また、感情があふれるような場面ではぐっと距離を近づけて撮っている。
映画の冒頭2シーンはほとんど野外での撮影だったので、手持ちのカメラで撮った。ただし、ゆっくりと安定した速度でカメラを回し、自然の中に立っているような感覚を生み出している。
一家が都市に移住したあとのシーンでは、彼らが直面する困難と堅苦しい都市の生活を表現するために、重要なシーンは三脚を使って撮影し直線的な構図で描いている。
ラドゥ・チュロニチュック 共同脚本家/監督/プロデューサー/撮影監督
2012年、ラドゥは、ルーマニアで最初のインディペンデントメディア団体、“Casa Jurnalistului”の共同設立者となる。この団体は詳細な長文形式の記事をマルチメディアに投稿しているレポーターコミュニティで、以降、ラドゥは長編記事を書くようになり潜入調査報道記者として活動。世界各地で人権、動物保護、環境問題に焦点を当てた調査を行っている。彼の調査記事やレポートは、チャンネル4ニュース、ガーディアン、アルジャジーラなど世界の主要な国際メディアに掲載され、国内外で賞を受賞。
ジャーナリストとしてのラドゥの仕事は、イギリスのロイヤル・テレビジョン・ソサエティ(2014年)、アムネスティ・インターナショナル(2014年)、ビジネスジャーナリズム分野ではハロルド・ウィンコット賞、経済・金融ジャーナリズム(2016年)など多くの国内外の権威機関でも高く評価されている。