『Art of Repair』アート・オブ・リペアー
コメディアン、スチュワート・リーのナレーションでおくるロンドンのイーストエンドで生きる人々のユニークで感動的なドキュメンタリー。
ハックニーは元々、職人や修理工が集まる伝統ある場所として知られていた。しかし近年、小さな工房や修理工場が立ち並らぶ景色は、より利益を生む高層住宅街へと変わってきている。
『アート・オブ・リペアー(Art of Repair)』は4人の職人たちが誇りを持って生きる姿を捉えた映画だ。近年の消費活動の変化は、素晴らしいカスタムメイドの楽器や家具で利益を上げる一部の産業においては天の恵みとなっているが、その一方で使い捨ての製品があふれる状況に苦労を強いられる人々もいる。
職人たちの現状に親身に寄り添い、時に感動を呼ぶこの映画は、時代の変化を乗り越えてきたコミュニティの姿を誠実に描き出している。古い店舗のドアの向こうには未だ知り得ない多くの物語が存在している。
JCモータース
整備士レンにとって、1938年に誕生した初代フォルクスワーゲン“ビートル”が自動車の完成形だった。それ以降の車は快適さとイメージに重きが置かれるようになったと言う。かつては、自動車の部品と言えば耐久性が重要で、故障の修理は整備士の仕事だった。しかし現在、自動車は交換可能なコンポーネントで組み立てられ、1つの部品が壊れるとモジュール一式を取り替える仕様になっている。
JCモータースは仲間同士で始めた小さな町工場だ。工場の名前に冠したジョー・チー(Joe Chi)はレンが敬愛する整備士の師匠だったが、1999年に亡くなっている。現在、レンは整備士としての誇りとジョーの期待に報いる責任を背負って修理の仕事に従事する。レンの仕事仲間たちもまたレンを慕いつつ、彼の指導のもとで仕事に励む。仕事の合間には皆でゴーカートレースを楽しんだり(運転はもちろんレンが一番上手いようだ)、金曜日のランチには一緒に大きな魚のアフリカ料理を食べたりと、良い関係を築いている。
「小さいけれどいいチームだよ。ダンスタン、シン、そしてディディエ。最初にダンスタンと出会ったのが10年前。不思議と意気投合して、2人で起業したんだ。それから次々と仲間が加わってこのチームができた。ディディエはまだ見習いだ。一人前になるまで当然時間はかかるし、これからが勉強だ。だけど、美味いお茶の入れ方だけは誰もあいつにはかなわない。時々、皆にスパイスの効いた大きな魚のアフリカ料理を振る舞うんだ。とても喜んでくれる。JCモータースは若い頃に世話になったジョー・チーにちなんで名付けた。ジョーは色々と面倒を見てくれて、本当にたくさんのことを教えてくれた。とても感銘を受けた人物だ。1999年に亡くなってしまったけれど、今も工場にジョーが長年使っていた仕事道具が置いてある。俺の生涯の宝物だ。それほど特別な人だった。」
TJエレクトリックス
家族で経営するTJエレクトリックスは、妻のローズがお客の対応にあたり、夫のジョンが作業場で修理する。もはや電気製品の修理に需要があるとは言えない時代だが、ジョンとローズにとってこの仕事は人生に等しい。作業台で仕事に取り組む時はいつも挑戦であり必ずやり遂げるというハングリー精神が、まだまだ現役で地域に店を構える彼らの原動力だ。そのおかげで、ストークニューイントンの住民は古い家電を捨てる代わりに修理するという選択肢を得ている。
近年では大手メーカーの部品を購入する場合、事前登録が求められるようになった。しかし、TJエレクトリックスのような個人経営の店が登録するのは金銭的にも難しい。彼らのような電気製品の修理屋はどんどん減っているのに、なぜ社会的に支援しないのだろう。修理への情熱だけがジョンとローズの仕事を支えているのに、大手メーカーが町の小さな修理屋を締め出したりすればこの仕事をできる者はいなくなってしまう。
「昔は稼ぎのいい仕事だった。テレビでもオーディオ機器でも、みんな修理して使っていた。今では新しいものを買う方が安いから、古いものを捨ててしまう。かつては市販品でも予備部品が管理されていて、メーカーが製造を打ち切った後でも7年間は部品の在庫を保有する決まりがあった。修理が必要になれば、どのメーカーも技術サポートを提供していた。だが、今はすっかり変わってしまった。大手メーカーに大金を払って登録しないと、何のサポートもしてくれない。それでも、ドライバーを手に機械を触っている時間は楽しいよ。妻は店の経営が好きで、私は修理が得意だ。作業台に向かうたびに、色んな機器に出会う。ひとつとして同じ仕事はない。常に挑戦だ。やりがいがある。」
ブリッジウッド&ニーツェルト
バイオリン工房には例えようのない美しさがある。ブリッジウッド&ニーツェルトは、ハックニーの表通りストークニューイントンで数十年にわたり弦楽器の販売と修理を営む工房だ。工房の中は職人技の伝統が漂う重厚な空気に包まれている。工房で働く人々は、特別な技術を持つ楽器の専門家たちだ。実に国際色豊かで、イタリア、フランス、スペイン、南アフリカ、オランダ、オーストラリアから才能豊かな職人が集まっている。ただ、不思議なことになぜかアメリカ人はいないそうだ。
マネージャーを務めるゲイリーは、幼い頃からバイオリン製作者になるのが夢だった。見るからに弦楽器に情熱を注ぐ人物で、音楽と音律に関する観察眼は単なる技術的知識を越えて芸術的と言える。“良い”楽器とは、必ずしも“完璧”に鳴ることを意味するわけではない。この工房が大事にしていることは、演奏者と楽器の間に生まれる親密な関係性だ。
「私は幼い頃から楽器製作に携わって来た。10、11歳の頃には、もうバイオリン製作者になると思っていたよ。バイオリンは未だに不思議な楽器だ。音色が常に変化する。有機的でまるで生き物のようだ。演奏者によっても体の一部になったかのように響きが変わる。修理をすればまた幾分かの変化が生じる。音質がすごく良くなったり、気になっていた部分が改善されたとしても、その変化に演奏者が大きく戸惑う可能性もある。ひとつのバイオリンは様々な木材からできているが、一般的に白木の木材が使われている。高い引張強度を持つスプルース材は表板にする。ルーマニアやハンガリーの木材を工房までトラックで運んでもらうこともある。この地域のボスニアンメープルなどの木材は質も良くて、価格もすごく高いよ。」
ライリーアップホルスタラーズ
室内装飾業を営むライリーアップホルスタラーズのニールは、古い物に新しい命を吹き込むこの仕事にやりがいを感じている。運び込まれる古びた家具を修理するたびに、昔の職人技に感銘を受けると言う。歴史ある家具や、現在では規制により使用できなくなった素材や木材が使われた家具が、この工房でニールと弟子のトーマスの手により新品のように生まれ変わる。
トーマスは出身地のハンガリーで室内装飾の基礎を学び、その後、仕事を求めてニールの工房へやって来た。トーマスの技術もニールが認めるほど上達したので、2人は新しい見習いを雇おうかと考えている。ニールとトーマスは単なる仕事仲間というより、狭い工房で一緒に作業をするうちに阿吽の呼吸で通じ合う信頼関係を築いたようだ。1日のうち自分の妻よりもトーマスといる時間の方が長いとニールは言う。
「好みは人それぞれだから自分の好みを押し付ける訳にはいかないけど、これだと思った椅子の布張りをお客さんが選んでくれた時は嬉しいよ。うちのお客の99%は趣味が合うのか、よく“素敵だ”と言ってくれる。こんな昔かたぎの仕事をそんな風に言ってくれると気分がいいね。幸運なことに、弟子のトーマスも優秀な職人だ。トーマスは仕事の口を探してうちに来たんだけど、今や無くてはならない大事な相棒だよ。2人で仕事をするには仲良くやっていくことが重要だ。多分、妻よりもトーマスといる時間の方が長いんじゃないかな。この職業は、少なくとも俺が続けている限りは存在するだろうね。コンピューターにはできない手仕事だ。手は一番大切な仕事道具だから、大事にしてるよ。」