
ダニエル・アーノルド
ブルックリンを拠点とする写真家。街を毎日8〜12時間歩き回っては人々の写真を撮り、文句を言われる前に猛スピードで立ち去る。こうして、ニューヨーカーのプライバシーに風穴をあけるストリートフォトを撮り続けている。アーノルドは“変人のように一人で街をぶらついた”後、撮りためた沢山の写真の中からキラリと光る人間味あふれる瞬間を拾い上げる。彼の写真の躍動感は決してスタジオで再現できるものではない。ビル・カニンガムがユニークなファッションのスナップ写真を片っ端から撮り続けたように、アーノルドは日常のあちこちで絶え間なく営まれる人同士のふれあいがもたらす瞬間を、目にとまる限り残らずカメラに捉えようしている。
アーノルドの写真は、混沌や時事、人間関係など様々な視点で撮られている。もともとインスタグラムで作品を公開していたのだが、ソーシャルメディアの枠を超える写真家だ。だが、なぜニューヨーク・タイムズは彼を“インスタグラム写真家”と紹介するのか?ヴォーグ誌はアーノルドに全米オープンの記録を依頼した時、なぜ一連の作品に“インスタグラム写真家のダニエル・アーノルド”とキャプションを付けたのか? 多くの写真家が画像共有プラットフォームを通じて作品を公開する時代に、“インスタグラム写真家”と呼ぶことに一体何の意味があるのだろう。
「たいしたことないよ」とアーノルドは言う。以前、思い付きでインスタグラムに「公開している写真を1枚150ドルで売る。1日限りだ」と投稿し、15,000ドルを売り上げて話題になったこともあったが、アーノルドはインスタグラム写真家を自認してもいないし、自分をストリートフォトグラファーだとも思っていない。2015年にi-Dのインタビューで、アーノルドは「ストリートフォトグラファーだと言われればそうかもしれないけれど、それは意識したものではなく状況的なものだ。ただ写真が好きなだけさ」と語っている。
“インスタグラム写真家”という呼び方も正確ではない。これについて、アーノルドは「YouTubeで靴を使ってボトルの栓を抜くのを見たから、ワインショップで靴を売り始めるみたいなものだ」とCreatorsに答えている。「つまり、ブロンドの女優を“スティフラーのママ”と役柄で呼ぶのと同じ事だよ。」
なぜ、世間はインスタグラム写真家という呼び名に固執するのかと疑問を投げかけてみると、アーノルドは言う「人間の性分だよ。すべての人をそれぞれが生み出すクリエーション世界の中心として理解するにはあまりにも膨大すぎる。だから暗黙の了解で、それぞれに屋号を付けた小さな間口の店を並べて、そこに入れておくというわけだ。インスタグラムがなかったら、“まゆ毛オジサン”と呼ばれていたかも知れない…まあ、間違いではないけどね。」
アーノルドに憧れて写真を学びたい人に何か伝えたい事はあるかと尋ねると、「スーパーボウルの日曜日、正午にユタ州の田舎にあるウォルマートへ行ってみるといい。最近訪れたうちで、最も人間味あふれる愉快な瞬間を目にした場所の1つだ」と彼は言う。写真家を目指していなくても、アーノルドの何事にも動じない飄々とした人間性の秘密を知りたい人には、彼の“やることリスト”に書かれた言葉を紹介しよう。
「10ポンド痩せる。金持ちと結婚する。小さなことに注意を払う。」