アイリッシュ・トラベラー
ジョセフ・フィリップ・ベヴィラール | 2023年
ジョセフ・フィリップ・ベヴィラールによるコメント
ミンキアは、アイルランドの伝統的な移動少数民族であり、アイルランド政府や定住民は彼らを“アイリッシュ・トラベラー”と呼ぶ。“ミンキア”とは、彼ら独自の言語であるキャント語(符牒)またはギャモン語で、「アイルランド移動民族のコミュニティー」を意味する。アイリッシュ・トラベラーは英語を話すが、彼らが時として互いに使用する言語はキャント/ギャモン語である。“トラベラー”という名前は、彼らの遊牧民としてのアイデンティティから付けられた。5世紀には、彼らが錫鍛冶の技術を持つことから“ホワイトスミス”と呼ばれていた。長年にわたり彼らは、定住者の一部からティンカー(鋳掛け屋)、ナッカーズ(廃馬解体業者)、アイティネランツ(移動労働者)、ジプシー、パヴィーなどと呼ばれ、彼らはこれらの呼称を人種差別的として嫌ってきた。人種差別主義者でない定住者であれば、政治的に正しい“アイリッシュ・トラベラー”や、“トラベラー”という言葉を使うだろう。残念ながら、アイリッシュ・トラベラーの多くは、このような不快なレッテルを貼られ続けている。
ここで、その多くがアイルランドに住むこの少数民族について、いくつかの事実と背景を述べておきたい。私は彼らを“アイリッシュ・トラベラー”、もしくは略して“トラベラー”と呼ぶことにする。アイルランドに住むトラベラーは約35,000人で、アイルランド人口の1%にも満たない。
アイリッシュ・トラベラーのほとんどは、1968年にアイルランド政府によって指定されたホールティング・サイトと呼ばれる仮設住宅地に住んでいる。路上でキャンプをする彼らを政府は快く思わず、この仮設住宅を設置した。多くの家族はここに留まることを選択した。このような仮設住宅地は数多くあり、私も訪れたことがあるが、大家族のために過密状態にあり、適切な設備が整っていないところもある。そのため、使われていない土地でのキャンプを余儀なくされた家族もいる。地元の議会はこれを違法と見なし、家族を移動させようとしてきた。そのわりに、水道や電気、衛生設備といった基本的なニーズを提供しようとしない。アイリッシュ・トラベラーの中には、定住を希望し、住宅リストに載っている者も少なからずいる。それはそれで厄介な状況になり得る。一般の住宅に住む隣人たちは、自分たちの道路にトラベラーが住むことに反対し、その結果、緊張や人種差別が生まれる。そのため、多くの家族が定住を思いとどまってしまう。
アイルランドに住むすべての子どもたちに教育は義務づけられているが、アイリッシュ・トラベラーは多くの場合、15歳までに退学している。その理由の多くは、子どもたちが家で兄弟の世話をしなければならないこと、あるいは主流の学校が退屈で自分たちの文化に合わないと感じることによる。家庭科の先生から聞いた話では、女子学生のトラベラーの間で最も人気な科目は家庭科だそうだ。女性トラベラーにとって料理は必須だからだ。また、アイリッシュ・トラベラーのシンディ・ジョイス博士のように、アイルランド高等教育を修了し、名誉ある職業に就いたという素晴らしい話もある。ジョイス博士は、アイリッシュ・トラベラーとして初めて博士号を取得し、2019年に大統領からの任命を受け、国家評議会顧問の一人に任命された。
全国トラベラー・メンタルヘルス協会のマグス・ケイシー副会長は、トラベラーに影響を与えるメンタルヘルス問題の原因は複雑であると説明した。
「人種差別の問題や、失業、教育、住居問題に加え、アイデンティティ、セクシュアリティ、依存症などの問題もある。これらの問題が、コミュニティのメンタルヘルスに大きな影響を与えていることは明らかです」
以下の情報は、2019年にアイルランド国立大学ゴールウェイ校で正式に発足した全国トラベラー・メンタルヘルス・ネットワークからの抜粋である。
アイリッシュ・トラベラー・コミュニティの82%が自殺の影響を受けている。
トラベラーの90%が、自分たちのコミュニティでは精神的健康問題が一般的であることに同意している。
トラベラーの56%が、身体的・精神的な健康状態の悪化により、通常の日常生活が制限されていると報告している。
2017年3月、25年にわたるキャンペーンを経て、ついにアイリッシュ・トラベラーは、アイルランド国内で民族グループとして正式に承認された。その日、アイリッシュ・トラベラー運動の前ディレクター、ブリジット・クイリガンはこう述べた。
「私たちはアイルランドに住む全てのトラベラーが、自分自信を誇りに思い、落ちこぼれの集団なんかではないと認識して欲しいのです。私たちには独自のアイデンティティがあり、人々が自分たちをどう思うかというネガティブな側面を引き受けるべきではありません。そのためには、今日まさに実現したように、国が私たちのアイデンティティと民族性を認める必要があるのです」
この11年間、いつでも私を心から歓迎してくれた魅力的な人々、アイリッシュ・トラベラー。私はここに、彼らについてのいくつかの事実を書き記した。私は作家ではないので、アイリッシュ・トラベラーの生活について、いくつかの事実と簡単なあらすじを記録するにとどまる。だが私の写真が、書ききれなかったことを描写し、伝統に彩られ、祝祭とそして苦難に満ちた彼らのライフスタイルと文化の一端を捉えていれば幸いである。