The Workers Cup―W杯の裏側―
2022年カタールW杯の開催が迫る。そのきらびやかな表舞台を支えているのは、労働者キャンプで暮らす160万人の外国人労働者。日中は長時間労働をこなし、夜は「労働者の福利厚生策」として設けられたサッカー・トーナメント「ワーカーズ・カップ」で力を振り絞る男たち。仲介会社に騙され帰国もままならず、ごく僅かな給料で食い繋ぐ毎日。そこに小さな光を当ててくれるこの大会を、男たちは心の拠り所にするのだった。
『The Workers Cup ーW杯の裏側ー』ストーリー
2022年11月、世界的な一大スポーツイベントのFIFAワールドカップがカタールで開催される。出場するスター選手や熱狂的なファンの話題で盛り上がりを見せる表舞台の裏で、160万人にのぼる移民労働者がこの大会を支えているという知られざる事実がある。『The Workers CupーW杯の裏側ー』は、壮大なスポーツイベントのスタジアム建設に従事する労働者たちの現実を捉えた長編ドキュメンタリーだ。
カタールでは、総人口の60%を移民労働者が占めている。彼らの出身国は、インド、ネパール、バングラデシュ、フィリピン、また近年ではアフリカからの移民労働者も増えている。ほとんどが貧しい暮らしから最低レベルの仕事を求めて、ワールドカップ需要に沸く裕福な国カタールを目指してやって来る。だがそこには、わずかな賃金で長時間働き、法律により都市部から離れた労働者キャンプで暮らさざるを得ない移民労働者たちの現実がある。
移民労働者たちに牢獄のようだと言わしめるカタールの労働者キャンプ。その実態に本映画で初めてカメラが迫った。高速道路と周辺に広がる砂漠地帯の間に設営されたウム・サラル労働者キャンプは、表舞台から意図的に隠されてはいるが4千人もの労働者を収容する大きな施設だ。
物語の中心は、キャンプに暮らす労働者の士気を高める目的で開催されるワーカーズ・カップと銘打ったサッカーの試合。2022年FIFAワールドカップの実行委員会がスポンサーとなり、スタジアム建設等に関わる24企業の労働者で構成されたサッカーチームがこのトーナメント戦に参加する。
サッカーの試合が進むにつれ、労働者たちは選手として競技場に立てばヒーローとなり、一方、社会では最も下層の扱いを受ける労働者であるという両極端な状況を体験する。
この『The Workers CupーW杯の裏側ー』では労働者サッカーチームの選手たちに焦点を当て、彼らが希望や生きる意味を語り、苦境から脱する機会を切望する様子を映し出している。そこには、誰もが抱く野心、願望、勇気という普遍的なテーマが浮かびあがる。キャンプに暮らす労働者にとって、転職を考えたり、故郷の家族と電話したり、誰かとデートしたいと思ったり、そんな普通の事ですら常に混乱と不安が付きまとう。挫折と精神的に追い詰められたキャンプ生活の中で、労働者たちはそもそもカタールに来ることになった自らの背景を語り始める。
人々を団結させる力を持つスポーツは、一方で社会の格差を生んでいるという交錯した社会構造を浮き彫りにした作品である。
監督アダム・ソーベルが語る
カタールが2022年ワールドカップの主催国となったとき、この非常に秘密主義の国にスポットライトが当てられた。世界中のジャーナリストが労働者キャンプや建設現場の取材をしようと試みた。しかし、取材拒否に合うだけでなく、逮捕されることさえあった。私の撮影チームはカタール在住だったので、コネと経験を使ってなんとかキャンプで取材できるよう交渉した。
私の映画製作チームは、長年、カタールでCNN、BBC、HBOなどの外部向けの映像撮影を請け負っていた。その中には、ワールドカップ会場の建設に従事する出稼ぎ外国人労働者に焦点を当てた映画もある。しかし、労働者たちは多くを語らず、強制労働に駆り出された犠牲者として、たいていは身元が分からないように映像を加工したり、隠し撮りしなければならないことが多かった。それでもキャンプの内情を映した貴重な映像ではあったが、実状の理解につながるような踏み込んだ撮影はできなかった。
私は、労働者が誇れる映画を撮りたかった。彼らの複雑な事情を捉えながら、出稼ぎ労働者は社会状況の犠牲者であるという一辺倒の物語を超えた文脈で撮ってみたい。この映画を、彼らへの同情よりも共感を生むような作品にしたいと思っていた。
映画『ザ・ワーカーズ・カップ』は根本的にスポーツ映画であり、このジャンルの物語構成における正統な方法論を採用している。また、ドキュメンタリー映画のインディーズコンペティションに触発されて、社会構造と人間の心情を全面に描き出すことにした。
この映画の登場人物の感情と彼らを取り巻く事情を描くために、サッカーは完璧な機能を果たした。カタールに集まってきたインド、ケニア、ガーナ、ネパールからの労働者たちは、『ワーカーズ・カップ』の中でますますグローバル化する世界を体現している。そして、スポーツは誰もがワクワクする世界共通の文化だ。登場人物たちはワールドカップ会場建設の重労働に喘ぎながらも、サッカーの試合が楽しみで仕方がないのだ。
このパラドックスが両軸となり物語のバランスを保っている。人生の意味を考えるとき、この矛盾にこそ大きな真実があると信じている。
『The Workers Cup ーW杯の裏側ー』主な登場人物
ケネス 21歳 ガーナ出身
ガーナで仕事斡旋業者に、カタールに行けばプロのサッカークラブに参加できると言われた。カタールに来て、騙されたことに気付く。建築現場で働きながら、プロのサッカー選手になることを夢見ている。ワーカーズ・カップに出場してスカウトの目にとまり、労働者キャンプから脱け出したいと思っている。
ポール 21歳 ケニア出身
4千人の労働者と共にキャンプで暮らし、週7日働き続けている。遠い国へ出稼ぎに来て、孤独を感じている。女性と出会って恋をしたいと望んでいる
ウメーシュ 36歳 インド出身
金を稼いで自分の家を持つためカタールへ出稼ぎに来た。夢を実現するために、妻と二人の息子(マンチェスターユナイテッドのスターにちなんで名付けたルーニーとロビン)と離れて暮らしている。
パダム 28歳 ネパール出身
カタールの法律により配偶者を連れて来ることができず、妻と8年間も離れて暮らしている。今後もカタールに滞在して仕事を続けるか、ネパールに帰って妻と暮らすか悩んでいる。
サミュエル 24歳 ガーナ出身
優れたゴールキーパーで、ガーナの一部リーグでプレーした経験もある。しかし生活は貧しく、父親にプロサッカーチームに参加するためにカタールへ行くと嘘をついて出稼ぎに来ている。
セバスチャン 38歳 インド出身
カタールでは建設会社の中間管理職をしている。カタール全土にある9カ所の労働者キャンプの運営責任者。ワーカーズ・カップ開催中はチームマネージャーを務める。