ソフティ・イン・ケニア

サム・ソコ、ケニア、2020年
英語、スワヒリ語
96分
日本語
プレミアム・ドキュメンタリーを見る
見放題プラン ¥750 / 月
サム・ソコ、ケニア、2020年

止まぬ民族紛争に政治腐敗・・・ケニアという国に憤りを感じた大胆不敵な男、フォトジャーナリストのボニファスが今立ち上がる!命をかけた抗議デモに、議員選挙への出馬。「今日死んでもいい」と言い切るボニファスに、妻は「国と家族」どちらかを選ぶよう迫る。

英語、スワヒリ語
96分
日本語

ストーリー

ボニファス“ソフティ”ムワンギは、長い間ケニアの政治問題を訴えてきた政治活動家だ。そして、ついにケニアの地方選挙に立候補し、政治を正すための次のステップへと踏み出した。ボニファスが選挙への出馬を決めた時、彼の妻ンジェリの苦笑いに明るく応えるほど事態は楽観的に思えた。

しかし、政治腐敗の蔓延る社会では対立候補と争うにもクリーンな選挙活動すら難しく、理想主義だけではどうにもならない現実があった。ボニファスは、ケニアの政権を牛耳る世襲の強大な政治王朝に立ち向かううちに、自分の家族が危険にさらされていることに気づく。ボニファスには国が良くなれば家族も幸せになれるという持論があったが、果たして優先すべきは家族より国家なのだろうかと悩む。

映画『ソフティ・イン・ケニア』は、監督・プロデューサーであるサム・ソコが5年の歳月をかけて撮影した初の長編ドキュメンタリーだ。以前は短篇のミュージックビデオや映画を数本撮っていたが、2013年に近しい友人を通じてボニファス・ムワンギ、通称“ソフティ”と出会ったことをきっかけにドキュメンタリー映画を撮り始める。最初の想定では、政治、家族、そしてケニア人として生きる意味を問う物語として、1年をかけた短篇のドキュメンタリー映画を撮る計画だった。だが、ソコ監督がカメラを向けてみると、ケニアは政治腐敗、汚職、多くの非合法殺戮があふれる混沌とした国であり、気が付けば撮影は4年にも及んでいた。その状況の中、ソフティが地元のスタレヘ地区から議員選挙への出馬に踏み切った。ソコ監督は、撮影を続けていた映画の結末として、ケニアの政治や選挙システムを内側から伝える必要性を感じ、さらにもう1年、ソフティの選挙戦に密着し撮影を続けた。この決心によって、本映画は思いがけずソフティ家族の視点も含む深い作品となった。民主主義が芽生えたばかりのケニアで、国家への愛と家族の幸せのバランスに苦悶しながらも奮闘するソフティの姿をカメラは捉えている。ソコ監督はこの映画で、世界中の誰もが家族の葛藤に寄り添うことのできる普遍的な物語を伝えている。

メイキング・オブ・『ソフティ・イン・ケニア』

2013年の抗議集会で映画の中心人物となる“ソフティ”に出会った後、当初、サム・ソコは“活動家マニュアル”のような作品をつくろうと考えていた。6か月程度の撮影期間で、シンプルで分かりやすい20分の短編映画を撮りYouTubeで公開する予定だった。そして、昔からの友人のブランメル・アイロと共同設立した会社LbxAfricaに戻り、ミュージックビデオとフィクション映画の監督を続けるつもりだった。しかし、話はそう簡単には進まなかった。ソフティを撮影するうちに、彼がタフな外見の下に、複雑で傷つきやすい繊細な心と、深い情熱を秘めている人間だと知るようになった。また、活動家になった理由も非常に個人的なことだった。“ソフティ”は彼が子供の頃、見るからに大人しくひ弱だったことからつけられたニックネームだ。貧しくいつも薄汚れた服を着ていて、シングルマザーの家庭だったこともあり、よくいじめられたと言う。この幼少期の経験が、誰も自分のように貧困を経験せずに暮らせるような社会にしたいという思いを、大人になっても持ち続けた理由だ。そして、彼は不幸せな思い出を呼び起こす“ソフティ”というニックネームですら受け入れて、問題に立ち向かっている。今では、友人や家族が親しみを込めて彼をソフティと呼ぶ。彼は決していじめっ子の抑圧に負けなかった。“ソフティ”はそんな人間だった。

4年間に及ぶ撮影の間に、ソコはソフティと撮影抜きの友情を育み、彼の妻や親族とも知り合ううちに、当初の“活動家マニュアル”では収まりきらない物語が見え始めた。これを映画にするためにはもっと大きな撮影チームが必要だった。ソコは、すぐにチームのメンバーを探した。2017年に制作会社のDoc Societyからサンドラ・ウィファムとジェス・ザーチがエグゼクティブプロデューサーとしてチームに加わった。ナイロビで開催された映画製作者ミーティングでの偶然出会いから二人の参加は決まった。2018年初めにはプロデューサーのトニー・カマウとミラ・アウン・スハインが参加。スハインは2018年のHotdocs奨学生だったソコを指導した映画監督で、ボブ・ムーアと共に編集兼製作総指揮としてチームに加わった。ソコの製作チームは、まず2018年Hotdocsフォーラムで視聴者賞というウイニングショットを収めた。それから、アメリカ公共放送のPOVが共同制作に名乗りを上げた。以降2年間、深夜のスカイプ会議、編集作業、映画祭などチームが一丸となって動き、800時間の映像を96分の長編ドキュメンタリーにした本作品を、イギリス、ニューヨーク、カナダ、ナイロビに送り出してきた。映画『ソフティ・イン・ケニア』の製作は、関係者の信念と人と人のつながりの大切さ、そして何よりもコラボレーションの力を証明した。本作品は、LbxAfricaが、ケニアの“We are not the machine Ltd.”とカナダの“EyeSteelFilm”の両ドキュメンタリー制作会社と共同で制作をおこなっている。


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監督サム・ソコが語る

私の名前はサム・ソコ、祖国であるケニアを愛している。しかし、一方では腐敗した社会と部族間の対立を恐れている。数年前、私はアフリカで活動する活動家を撮ってみたいと考えた。アフリカ大陸の各地で活躍する活動家を記録した短い映像を“活動家マニュアル”のような短編映画にするつもりだった。「アラブの春」に触発され、専制的なアフリカの政治家に反対する抗議の波が今に押し寄せて来るのではないかという期待があった。ケニアで最も果敢に運動を展開している活動家、ボニファス・ムワンギを知ったのもこの頃だった。そして4年後、短編映画を作る予定だったプロジェクトは、一人の活動家に密着し、抗議運動のスリル、恐怖、そして自己犠牲の姿を捉えた長編ドキュメンタリー映画『ソフティ・イン・ケニア』となった。根底にあったのは、4年前から変わらず持ち続けた疑問だ。活動家として生きることの意味とは? 社会のための活動なのか、それとも家族のためなのか? 家族と国では優先順位はどちらが先にくるのだろう?

この映画には、ケニアの不当な歴史背景を追求する物語が描かれている。ケニア独立後の政権は、もともと同じ文化を共有してきた部族間の憎悪を煽り、彼らの対立を政治に利用した。部族同士を対立させて分断し管理する方法は植民地時代の支配者が持ち込んだものだが、私たちの現政府が同じ手を使っているのは皮肉なことだ。人々の「他者への恐れ」を利用した分割統治は、国の発展においても非常に大きな障害となり続けるだろう。ケニアの最高司法長官はこの状況を次のように言い表している。「どこの国にもマフィアはいるが、ケニアでは国家がマフィアそのものだ。」

つまり、私の国ケニアでは政治汚職と質の悪い統治が日常に染みついているのだ。ケニアの政治家は、部族の属性を利用し、有権者へ賄賂をばらまいて人々の団結を阻止する方法を見つけた。この国は50年以上にわたって「フェイクニュース」に踊らされている。政治家は、何十年もかけて人々の心に深く暗い悪意の根を蔓延らせ、他者への憎悪を作り出した。その結果、選挙が行われる5年ごとに暴力事件が必ず起こるようになった。2007年の選挙後に発生した最悪の暴力事件では、1,400人以上が殺害され、数十万人がケニア国内で避難しなければならない事態となった。ちなみに、この映画の主要人物であるボニファス・ムワンギが国内外で注目を集めたのもこの時だ。新進の写真家だったボニファスはこの暴力事件の記録写真を撮り、生き延びた人々の証言を世に発信した。彼の勇気ある行動は世界各地で称賛され、いくつかの賞を受賞した。それが転機となり、ボニファスはケニアをより良い国とするために、政治改革を目指して活動家の道を歩むことになる。こうして私はボニファスと出会った。

撮影をするうちに、活動家の人生は多くの困難をはらんでいること気づいた。因習に凝り固まりなかなか変革が難しい社会に対峙しながら、自分の家族との関係や生活も考えなければならない。ボニファスの妻、ンジェリもこの物語の重要な登場人物だ。活動家であり政治家であるボニファスの内面を知る証人として、社会改革を目指して運動する中で活動家の家族が払う犠牲について、特有の視点からの貴重な話を聞かせてくれた。

ボニファスとンジェリはキクユ族だ。キクユ族は国内の42部族の中でも最大の部族で、ケニアの初代大統領ジョモ・ケニヤッタの息子であり、現在の大統領のウフル・ケニヤッタが率いる支配階級もこの部族の出身者だ。ボニファスの活動家としての信念を、部族への裏切りだと感じる親族もいるのだろう。彼らの部族背景と共に、この映画には、体を張った抗議運動、殺害予告、家族と折り合い、そして人生を変える大きな決断まで、余すところなく活動家の比類ない人生が綴られている。世界の各地で様々な分断の種が蒔かれている。この活動家の物語を通じて、観客の心に、平等で寛容な社会を目指し正義のために立ち上がる勇気が生まれることを願っている。

撮影は4年以上に渡って、ボニフェイスとンジェリの飾らない様子を観察者の視点で捉えている。時々、彼らはカメラに向かい、こちら側と対話を始めることもある。個人的にも親しくなりお互い強い信頼関係を築けたからこそ撮れたシーンだ。また、個別にインタビューをおこない、それぞれの立場からの思いも直接映画に反映させた。現在、撮影はほとんど完了し、適切なクリエイティブ・パートナーを探しながら、作品の可能性を最大限に引き出すための仕上げにあたる融資元を探している。

“ボニファスとンジェリ ケニア、ナイロビのスタレヘ地区の政治集会にて 2017年半ば頃”

ムワンギの家族

ボニファス・ムワンギ “ソフティ”

1983年7月10日生まれ。ケニアのフォトジャーナリスト、政治家、社会政治運動に携わる活動家。2007~2008年にケニアで起こった選挙後の暴力事件を捉えた報道写真で名を知られるようになる。また、ケニアで最も突出した活動家の一人としても有名。ボニファスは、シングルマザーのもとで6人の兄弟と一緒にスタレヘ地区郊外の貧しい家で育った。この頃はあまり学校にも通わず、ナイロビの路上で本を売る母親の手伝いをしていた。2000年、17歳で母親を亡くしたとき、生きていくには自分を変えなければならないと気付く。彼は牧師になるつもりで聖書学校に入学し、聖書研究で学位を取得。学校で学びながら、写真に興味を持つようになる。高校教育を受けていなかったが、なんとか私立のジャーナリズム学校に籍を得る。学費を稼ぐために路上で本を売る仕事を続けていたが、間もなくフォトジャーナリストとしての頭角を現し始める。2005年に新聞の全国紙に掲載された写真で初めて賞を受賞する。また、2007~2008年に発生した選挙後の暴力事件を記録した写真で、2008年と2010年のCNNアフリカフォトジャーナリスト・オブ・ザイヤーを受賞する。だが、その暴力事件の悲惨さを目の当たりにして、PTSDに苦しみ、写真家の仕事を辞めて、ケニアのために社会的正義を訴える活動を始める。路上でグラフィティやアートを使った抗議活動やデモ運動を展開し、ケニア国内の人権侵害や政治腐敗を訴えている。彼の活動家としての働きはTEDフェローでも認められている。ボニファスが設立時からイニシアチブとっているPawa254は、アーティストと活動家がケニアの社会改革に向けて協働するためのハブスペースである。

ンジェリ・ムワンギ ボニファスの妻

2005年に大学を卒業。社会に働きかける仕事をしたいと思っていたが、それが何か分からなかった。信心深い家庭に育ち、神と家族を第一に考えている。2006年にボニファスとアイスクリームショップで偶然出会ったことで、彼女の人生は一変した。公の場で活躍するようになった夫をずっと陰で支え、3人の子供、ネイト、ナイラ、ジャバリを育てる。ナイロビで最初の創造的な社会的企業の1つであるPawa254の共同設立者。2016年、ボニファスが政治家として立候補したことを機に、影の立場から表舞台に出て社会に働きかける活動を始める。

ボニファスとンジェリの3人の子供は、長男がネイト、真ん中がネイラ、一番下がジャバリ。二人は慣習に反して、子供たちにケニアの部族名を付けなかった。そのため、子供たちは部族にとらわれないアイデンティティを得ている。


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    プレミアム・ドキュメンタリー

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    新宿歌舞伎町のおなべバー、ニュー・マリリン。そこで男性として生きることを決意した3人のホストをカメラは追った。たくさんのガールフレンドに囲まれモテモテのGAISH。時に見せる冷たい態度が女性の心をくすぐる。ホルモン注射を打ったTATSUは、どのお客さんにも分け隔てなく優しいと人気だ。そしてニューハーフのくみと暮らしているKAZUKI。カメラは、ジェンダー・アイデンティティや性的指向、セックスライフについて率直に語る彼らの姿を映し出す。

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    短編ドキュメンタリー

    ケープ・フラッツ

    ニューヨークを拠点に活動するジェイク・オルセン監督による衝撃的な短編ドキュメンタリー。南アフリカ・ケープタウンのケープ・フラッツで3日間にわたって撮影された『ケープ・フラッツ(The Flats)』は、そこで暮らす住民の生活を探る。

    短編ドキュメンタリー

    スプリンター・ファクトリー

    世界一のスプリント王国ジャマイカで、次の陸上競技チャンピオンを目指して全力で駆ける少女たちに迫る熱きドキュメンタリー。

    短編ドキュメンタリー

    ミスティコ

    イタリア生まれの映画監督カルロッタ・マナイゴは、その魅惑的なスペクタクルに惹かれ、あるルチャドール(ファイター)のマスクの下に潜り込むことにした。人を魅了してやまない男… “ミスティコ”である。

    短編ドキュメンタリー

    その理由

    フロリダの田舎に住む低所得者層が、喫煙によって大切な人を失いながらも、依存症に悩む姿を描いたドキュメンタリー短編映画。クリスティ、エリック、ジェレミーの3人は10代前半からタバコを吸い続け、大切な人を失っているにもかかわらず、収入の25%をタバコに費やし続けている。それぞれやめたい理由があるのだが、やめられない。

    短編ドキュメンタリー

    スノウ・サイエティ

    毛皮のコートやドンペリニヨンのボトルが象徴する雪山の高級リゾート、サンモリッツ。優雅な映像と並んで、大麻樹脂を炙り、ボードを折るほど激しく滑走するスノーボーダーの姿が目に飛び込んでくる。リュディ監督はこの作品について、「サンモリッツをラグジュアリーな面と反社会的な面の両方から捉えることで、二分法で分けられた世界を視覚的に読み解くドキュメンタリー映画だ」と語る。

    短編ドキュメンタリー

    NYC, 1981

    『NYC, 1981』は、ニューヨーク市の治安が史上最悪と言われた時代にフォーカスしたオリジナル短編ドキュメンタリーだ。

    短編ドキュメンタリー

    チェスの魔法(Magic of Chess)

    『チェスの魔法(Magic of Chess)』は、小さなチェス・チャンピオンたちがチェスによって広がる豊かな世界を語る短編ドキュメンタリー。毎年、ナッシュビルでは賞金を懸けたチェス大会が開催される。監督ジェニー・シュバイツァー・ベルは、2019年の小学生部門チェストーナメントを撮影した。映画の中でインタビューを受けるのは、8才のタニ・アデウミ。ナイジェリア難民で、家族とホームレスのシェルターで暮している。ニューヨークのチェス選手権でエリート私立校のライバルたちを打ち負かし、この大会に出場する。

    短編ドキュメンタリー

    カステイー人間の塔ー

    カステイは、カタルーニャの老若男女がお互いの背中や肩によじ登り、構築される人間の塔だ。この慣習は1801年に初めて文化活動として記録され、1980年台に競技へと発展した。2010年にはUNESCOの無形文化遺産に登録され、カステイはカタルーニャの“豊かな文化多様性”や重要性を持つとされた。

    短編ドキュメンタリー

    ラビット・ハント

    フロリダ州エバーグレーズの一部では、20世紀初頭から、若い男性(現在は若い女性)が棒と素早い反射神経だけで砂糖プランテーションの縁辺でウサギを狩る伝統がある。

    短編ドキュメンタリー

    『ガン・ネイション(Gun Nation)』ゼッド・ネルソン

    『ガン・ネイション (Gun Nation)』は、アメリカの自由を表す最大の象徴が、年間約3万人の市民の命を奪う銃であるというパラドックスに迫るドキュメンタリー。 ゼッド・ネルソンの衝撃的な写真集「ガン・ネイション」が発表されてから18年後。アメリカでは銃器によってこれまでに50万人もの市民が命を落とし、負傷者も後を絶たない。ネルソンは当時撮影した人々と再会し、再び彼らの写真を撮りながら、いまだに銃器所持に執着するアメリカの国民性を問う。

    短編ドキュメンタリー

    入浴 ―水との深い関係―

    『入浴 ―水との深い関係― (We the Bathers)』は、世界各地の14人の姿を捉えた美しく心に響く短編ドキュメンタリー。それぞれの人生が“水”をめぐる物語でつながっている。 フィービー・アーンシュタイン監督はこの映画で、入浴という個人的な慣習、そのプライベートな時間に結び付いた心の深淵を探求している。人種差別、うつ病、ホームレス、移民、売春などの社会問題に触れながら、人々が水との関わりによって内省と再生、癒しを得る様子を見つめる。 文化や地域を越えて、人間が水に自身を委ねる行為―入浴―に抱く感情に迫った作品。"

    短編ドキュメンタリー

    ファンガール

    ロサンゼルスを拠点とする映画監督兼フォトグラファーのライザ・マンデロップは、ソーシャルメディアが発達した現代の新しい“推し活”にはまる少女たちに着目した。マンデロップが捉えたのは、人とのつながりをますますテクノロジーに依存していく現代社会の実状だ。不安定な思春期を生きる少女たちは、日々、SNSでフォローしているアイドルに慰めと心のつながりを見出している。

    短編ドキュメンタリー

    ダンベ - エレファントフードは最強の歯のため

    ナイジェリアの伝統格闘技ダンベ、その内側に迫ったドキュメンタリー。ライバル同士の2人の格闘家が闘技場“ダンダリ”での対決に臨む姿を、臨場感あふれるカメラワークとカラング太鼓の音にのせてミュージシャンのユスフ・ムサが奏でる「語りの歌」で綴る。アフリカン・コミュニティの祝祭と闘争、信仰と神秘、美しさと勇猛さに惹きつけられる。

    短編ドキュメンタリー

    タングラス ― 地獄のペット ニワトリ―

    ある日、ムンバイで暮らす家族の小さなアパートに、父さんが一羽のヒヨコを買って来た。

    短編ドキュメンタリー

    ロケット戦争

    「ロケット戦争」のルーツは数世紀に遡る。この地域の聖マルコ教会とパナギア・エリツィアーニ教会2大教区の住民が手作りのロケット花火を打ち上げる祭りだ。近年、ロケット花火の数は数千発にものぼり、復活祭の春の夜空を飛び交う光景はまさに壮観である。

    短編ドキュメンタリー

    『IVRY』(アイブリー)

    『IVRY』(アイブリー)は、青年アイブリー・ホールの人生に迫ったドキュメンタリー映画だ。彼はシカゴのサウスサイドでボクシングに励み、近所の子供たちの指導もする。映画の中で、アイブリーはボクシングジムに通う一人の少年イライジャに語りかける。ともすれば道を踏み外しそうになる荒んだ環境で、正しく生きるための知恵と人生の教訓を諭す。いくつものタトゥーを持ち、12歳の頃から何度も刑務所に入れられた。昔の仲間が生きる道を誤り、命を落とすのを何度も見て来た。これが、この地区(シカゴ近郊のイングルウッド)に暮らす若者たちの常だ。しかし、アイブリーは「そんな環境に打ち勝たなければならない。自分の内面を深く見つめること。自分で道を切り開くんだ」と饒舌に語る。

    写真集

    『Hessle Road』アレック・ギル

    写真家アレック・ギル(75歳)は、1971年にイギリスのキングストン・アポン・ハル市にあるセントアンドリュース漁港を撮り始めた。それ以来、この町のヘッスルロード地区にカメラを向け続けている。ギルは自らを称して“わが町を旅する人”そして斜陽の差す漁港の歴史を記録する“偶然の目撃者”だと言う。数十年に亘って、この地域とそこに住む人々を6,630枚にも及ぶ写真に捉えている。ギルはハル市の旧市街に生まれた。1960年代には海運業や運送業の仕事に就いたが事務仕事に向かず、よく旅へ出て写真を撮っていた。

    写真集

    ストリッパー図鑑

    原芳市は1975年以来、ストリッパーの肖像を撮り続けてきた。その数は1,500枚以上にのぼる。写真集『ストリッパー図鑑』は、原のライフワークの原点を飾る一冊である。

    写真集

    『Soho』バリー・ルイス

    1990年までのソーホーは、地域の高級化と家賃の値上がりによりエキゾチックな雰囲気が急速に失われつつあった。そこにゲイコミュニティが到来し、“ピンク・マネー”と言われる彼らの経済力によって以前の活気を取り戻し、幾分か時代の変化が緩やかになった。

    写真集

    『Facing New York』ブルース・ギルデン

    ブルース・ギルデンの路上劇場の登場人物には破天荒な面々が揃う。安っぽい派手さを身にまとい、世間離れしている。そして多くの者がミステリアスだ。ギルデンとニューヨーカーの関係は、互いに「ご近所さん」のようなもの。明白でシンプルな言葉、そして豊かな表現力で、独特の個性を放つ自称「ニューヨークのはぐれ者」たちの姿を、ギルデンはとらえてきた。彼の世界では、誰1人としてステージの片隅にいる者はいない。全員がスターなのだ。

    写真集

    アイリッシュ・トラベラー

    ミンキアは、アイルランドの伝統的な移動少数民族であり、アイルランド政府や定住民は彼らを“アイリッシュ・トラベラー”と呼ぶ。“ミンキア”とは、彼ら独自の言語であるキャント語(符牒)またはギャモン語で、「アイルランド移動民族のコミュニティー」を意味する。

    写真集

    『Street Cops』ジル・フリードマン

    混乱の時代を捉えた写真家の中でも最も重要なドキュメンタリーフォトグラファーの1人、ジル・フリードマン。彼女は人生をかけて複雑な社会状況を撮影し、誠実で芸術的な作品に昇華したストリート写真家だ。社会の片隅に暮らす人々に寄り添いながら、何か月も共に過ごして日常を記録した。

    写真集

    ダニエル・アーノルド

    ブルックリンを拠点とする写真家。街を毎日8〜12時間歩き回っては人々の写真を撮り、文句を言われる前に猛スピードで立ち去る。こうして、ニューヨーカーのプライバシーに風穴をあけるストリートフォトを撮り続けている。アーノルドは“変人のように一人で街をぶらついた”後、撮りためた沢山の写真の中からキラリと光る人間味あふれる瞬間を拾い上げる。彼の写真の躍動感は決してスタジオで再現できるものではない。ビル・カニンガムがユニークなファッションのスナップ写真を片っ端から撮り続けたように、アーノルドは日常のあちこちで絶え間なく営まれる人同士のふれあいがもたらす瞬間を、目にとまる限り残らずカメラに捉えようしている。

    写真集

    マーク・ネヴィル

    イギリス人アーティスト、マーク・ネヴィルは、アート、アクティビズム、ドキュメンタリーの交差点で活動し、写真の社会的機能を探求している。彼の写真プロジェクトは、被写体にとって直接的で実用的な利益をもたらすことを目的とし、地域社会と密接に関わりながら進行する。

    写真集

    『サブウェイ』ブルース・デビッドソン

    ブルース・デビッドソンの名作品集『サブウェイ』は、1980年代のニューヨーク・シティの様子を、極めて直感的に記録したものである。

    写真集

    『I Can Help』ポール・リース

    スーパーの店員がつけているバッジからとったタイトル「I Can Help」は、イギリス産業革命後の消費ブームをテーマにした、30枚の大型カラー写真シリーズだ。リースはスーパーマーケットのサブカルチャーを鋭く観察し、日常的なシチュエーションに純粋なストーリーを見出した。

    写真集

    ノグチ・シン

    ノグチ・シンは、1976年東京都新宿区生まれ。鎌倉と東京を拠点に活動し、数々の賞を受賞しているストリートフォトグラファーです。彼のストリート写真は、日常生活の流れの中にある興奮、ヒューマニズム、美しさの特別な瞬間を捉える試みであると説明する。控えめで、詩的で、謎めいたアプローチで、演出された写真やノーファインダー、ヒップショット写真に頼ることなく、日本文化の繊細さと複雑さを捉えることができる。

    写真集

    大衆演劇

    大衆演劇場に足を踏み入れると、ワイルドで華々しい秘密結社に潜入したようにワクワクする。奇抜な衣裳を着た役者が舞台で踊れば、ファンたちも大喜びで一斉に立ち上がり踊り出す。どういうわけか、全員が振付けを知っているようだ。盛り上がったファンは、タイミングを見計らっては舞台に駆け寄って金封やプレゼントを渡したり、通路に飛び出してペンライトを振ったりする。まるで、アイドルのコンサートに来た若者たちのようだが、劇場に来ている女性たちの多くは10代の子どもを持つ親世代だ。

    写真集

    甲斐扶佐義

    日本の写真家 甲斐扶佐義は、人生を賭した作品の多くを火事で失い、生きる気力を失くしていた時期があった。しかし、活気ある時代と彼の驚くべき経歴がにじみ出る一連の作品は今でも見ることができる。

    写真集

    『The Last Resort』マーティン・パー

    フォトグラファーのマーティン・パーがイギリスの海岸を撮影した秀逸な写真は、1983~85年にニューブライトンのリバプール・ビーチ・リゾートを訪れた時のものだ。パーの得意とする飽和色を配し、廃れた街の“一時代”を皮肉なユーモアをまじえて写し出す。ゴミだらけになったリゾート地ニューブライトンの舗装された遊歩道が、英国経済の衰退と社会状況の悪化を暗示している。

    写真集

    『Heart of Darkness - Kowloon's Walled City』グレッグ・ジラード

    1993年まで香港には魔窟と呼ばれる建造物があった。九龍の小さな区画にビルが密集してそびえ立ち、ジャングルの樹冠のように連なって大きな1つの要塞を形成していた。高さは14階にも延び、壁面は何百もの小さなアパートや店舗の蛍光灯で光り輝いていた。内部には学校や作業場、診療所、工場もあり、祈りと娯楽、享楽が詰まったこの場所に35,000人以上の住民が重なり合って暮らしていた。

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    『Bus Odyssey』トム・ウッド

    この写真集は、トム・ウッドがリバプールの街を走る路線バスから20年かけて撮影した写真で綴られている。